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福岡地方裁判所小倉支部 昭和44年(わ)402号 判決

被告人 柳田弘義

昭三・七・一生 製缶工

主文

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中昭和四四年八月二八日付起訴にかかる強姦の点については被告人は無罪、同年一一月一五日付起訴にかかる強姦の点については公訴を棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四四年二月頃、内縁関係にあつた甲野トシエとその関係を解消することにして別居するに至つたものの、住居が近かかつたため、その後も同女方を訪れたりしていたところ

第一、同年三月一八日頃の午後八時三〇分頃、北九州市八幡区町上津役古野二、〇一三番地の甲野トシエ方を訪れた際、同女が家の修理を依頼した大工と夕食をともにしているのを認めて立腹し、右大工を追い返したことから同女と口論となり、やにわに傍にあつた子供用玩具ピアノを同人の頭部めがけて投げ付ける暴行を加え

第二、同年四月五日頃の午後九時頃、前同女方を訪れた際、同女が畳の上に横になつたまま被告人に対し冷淡な態度を示したことに立腹し、いきなり同女の左横腹付近を数回蹴りつける暴行を加え、よつて同女に対し加療約二週間を要する左前胸部打撲症を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(本件公訴事実中強姦の点について無罪ならびに公訴棄却を言渡した理由)

一、公訴事実

昭和四四年八月二八日付起訴にかかる強姦の公訴事実(以下第一の事実と略称する)は

被告人は、昭和三九年八月二〇日頃の深夜、福岡県○○郡○○町○○所在自宅奥八畳の間において、就寝中の甲野乙子(当一四年)を姦淫しようと企て、やにわに同女に対し「声を出すなお父さんの言うことをきけ」と申し向けて手拳でその顔面を殴打し、手掌で口をふさぎ、手足を押えて反抗を抑圧し、パンツを剥ぎ取つて同女の上に乗りかかり強いて姦淫した

というにあり、更に同年一一月一五日付起訴にかかる強姦の公訴事実(以下第二の事実と略称する)の要旨は

被告人は、昭和三九年七月五日頃の深夜、前記場所において、前記甲野乙子に対し前同様の手段により同女を姦淫した

というにある。

二、当裁判所の判断

(一)  第二の事実について

本件各公訴事実に対しては、昭和四四年八月一一日付甲野乙子、同敏江作成の告訴状が存するが、右告訴状提出にいたつた経緯については争いがあるのでその有効性を判断するに、第六回、第七回および第一三回公判調書中証人甲野トシエの各供述部分、第七回公判調書中証人甲野乙子の供述部分によれば昭和四三年八月頃右乙子の妹俊子、文香の両名が被告人から強姦され、あるいは強姦されかかつたことが判明し、母トシエならびにその兄弟が集まり被告人から事情を尋ねたがそのとき乙子にも被害の有無を確認したところ同女はこれを否定したこと、昭和四四年七月、被告人が右トシエ方を訪れた際、偶々同所にいた乙子の婚約者と喧嘩になり、それを契機として初めて乙子がトシエに事実を打ち明けここに両名連署のうえ告訴するに至つたこと、また福岡県○○郡○○町長作成の戸籍謄本によれば、告訴当時乙子は未成年者であり母トシエの親権に服していたことが認められる。したがって右告訴状のうち乙子作成部分については犯人を知つた日から六箇月を経過しているから刑事訴訟法第二三五条、第三三八条第四号により無効となるが、トシエ作成部分は法定の告訴期間内になされた有効な告訴であることが認められる。

ところで第三回公判廷において当裁判所は、前記第一、第二の各事実の間には公訴事実の同一性が認められないと判断したのであるが、右告訴状によれば、乙子は昭和三九年八月頃と昭和四〇年二月一五日頃、同年三月二〇日頃の三回にわたつて被告人から強姦されたと告訴しているのみであるから、右第二の起訴にかかる強姦の点については告訴がなされていないものというべく、他に右事実について告訴があつたことを認めるに足る証拠はないので、強姦罪が刑法一八〇条一項により告訴を待つて論ずべきものであることに照らし、右第二の強姦についての公訴提起は無効であるから刑事訴訟法三三八条四号により右公訴は棄却することとする。

(二)  第一の事実について

そこで第一の事実の犯行月日について案ずるに、(証拠略)によれば、右乙子は当初被告人から強姦されたのは同女が中学二年生(昭和三九年)の八月二〇日の深夜であると供述していたが、後右該当日について被告人のアリバイが証明されると、同年の七月か八月の母不在の日で翌日は午前中雨が降つていたということから七月五日に強姦されたと供述を変更するようになり、さらに公判廷においては「昭和三九年の夏(七月であつたか八月であつたか記憶がない)で母不在の日、翌日は学校が休みで午前中は雨が降つていた、また当時自宅裏物置付近にコテマリ草と思われる白い小さな花が咲いていた」と供述するに至つている。

ところで前掲各証拠によれば、第一事実の犯行日として起訴されている八月二〇日には被告人の姉羽田静子が亡母の初盆のため被告人宅に滞在していてトシエも在宅していたことが明らかであつて、右乙子自身もその日に強姦された事実を否定していること等からして、八月二〇日に強姦の事実があつたとは認められない。また、前記供述にある七月五日前後の被告人の状況について検討するに、(証拠略)によれば、被告人は堤厚らと愛知県春日井市に出稼ぎに行くため同年七月五日の午後自宅を出発し、同月二五、六日頃まで春日井市のゴルフ場建設工事現場で働いていたことがうかがわれる。したがって右の期間を除いてトシエが不在で被告人が在宅していたとされる日は、甲野トシエの前掲検察官に対する各供述調書によれば、八月七日およびその前後の一日ならびに八月二五日の三日であるが、八月二五日については、乙子において強姦されたのは被告人の母の法事(八月一三日)の前と供述していること(第一三回公判調書中証人川野(旧姓甲野)乙子の供述部分)、福岡管区気象台長作成の「天候の照会について」と題する書面によれば、翌日は降雨がないこと等の事実からおして右乙子の供述する犯行日ならびにその前後の状況と符合せず、結局右二五日に犯行がなされたとは認め難い。次に八月七日ないしその前後日について検するに、右「天候の照会について」と題する書面によれば、同年八月上旬において降雨のあつたのは三ないし五の三日間であることが認められ、前記のようにトシエが八月七日の前後一日外泊したことに照らせば、右八月七日ないしその頃を乙子の主張に沿う日と推測できないこともない。しかし他方乙子が強姦された時咲いていたと供述する前記白い花についてみるに、その花は農家の裏庭に咲いていたこと(司法警察員作成の実況見分調書)、開花時期については、甲野トシエは五月二〇日頃から約一月間と供述するが(第一三回公判調書中証人甲野トシエの供述部分)、○○駐在所の司法巡査は、三月から四月にかけて咲く花であつて、昭和四五年六月一〇日頃被告人の居住していた家屋跡を訪れたときにはすでに花弁が残つているだけで花はないと報告していること(昭和四五年六月一〇日付検察事務官作成の電話聴取書)等の事実に加えて九州大学農学部遠山柾雄作成の物件調査報告書を併せ参照すれば右乙子供述にかかる白い花がコテマリ草であると認定することが充分可能であり、そうだとすれば開花時期との関係で犯行月日も四月下旬から五月下旬にさかのぼることとなる。しかも犯行月日に関する乙子の供述は、前記のように当初は昭和三九年八月二〇日としていたのが、当日は根拠のないことが明らかになつた後、七月五日といい(同人の昭和四四年九月二四日付検察官に対する供述調書)、昭和三九年の夏だか七月か八月のいずれか記憶がないとし(第七回公判調書中同人の供述部分)、被告人の母の法事の前であつたか一月も二月も前であつたか記憶がなく、暖い頃というだけで時期についてははつきりしない、最初八月二〇日と述べたのも何となくその頃だと思ったからと供述(第一三回公判調書中証人川野(旧姓甲野)乙子の供述部分)するなど、供述の度毎にその内容は変遷していて全体としては極めて不明確で曖昧なものとなつていることが窺われ、犯行当時の同女の年令、犯行後現在までの期間の経過を考慮しても、なお義理の父親による強姦という異常な体験を受けた者の供述にしてはあまりにも信用性に乏しいものがあるといわなければならず、結局同女の供述から犯行月日を特定することは困難であるといわなければならない。しかも、当時トシエが外泊したのは前記各日時以外認められないのであるから、昭和三九年八月頃において右乙子の供述にそう日即ち同女が被告人から強姦の被害を受けたと称する日は証拠上存在しないことになる。

ところで元来犯行月日は罪となるべき事実そのものではないとはいえ、罪となるべき事実の特定上、重要な要素であり、ことに本件のように被告人がアリバイを主張してその事実を正面から争つている場合にはなおさらのことであって、犯行月日の特定ができないことは、本件起訴状記載の公訴事実(第一の事実)について合理的な疑いをいれない程度の証明はなされなかつたものというべきである。

したがって、本件第一の事実については結局犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条後段により無罪の言渡をする次第である。

(三)  結論

よって、昭和四四年八月二八日付起訴にかかる強姦については刑事訴訟法三三六条後段により無罪の、同年一一月一五日付起訴にかかる強姦については同法三三八条四号により公訴棄却の判決を言渡した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金二万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但し書により被告人に負担させないこととする。

よって主文のとおり判決する。

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